20代のころ、僕は出会い系にハマっていた。
今みたいなマッチングアプリは、まだない。
エキサイトフレンズとか、Yahoo!チャットとか。
Yahoo!チャットでは、女の子っぽいIDを見つけると、手当たり次第に話しかけていた。
今考えるとなかなか迷惑な男だ。
でも、楽しかった。
僕は頭だけは悪くなかったらしく、何人もの女性と同時にチャットしていた。
こっちとは旅行の話。
別の人とは映画の話。
さらに別の人とは仕事の話。
会話を盛り上げて、気が合えば実際に会う。
中学、高校と女の子にはほとんど縁がなかった僕にとって、ネットは初めて女性と普通に話せる場所だった。
僕にはどもりもあった。
でも、チャットならどもらない。
たぶん僕は、普通の男が中学生や高校生のころに少しずつ覚えることを、20代になってネットで覚えていたんだと思う。
そんなある日。
顔も知らない女性とチャットしていたら、突然こんなことを言われた。
「あなたは、相手の話を聞いていない。それは、とても良くないと思う」
頭を殴られたような衝撃だった。
たぶん、図星だったんだと思う。
僕はそれまで、会話を盛り上げることばかり考えていた。
面白いことを言う。
自分の話をする。
相手を笑わせる。
次の話題を出す。
それを「会話がうまい」と思っていた。
でも、違った。
僕は相手と話していたんじゃなくて、自分を見せていただけだった。
それから、少しずつ意識するようになった。
自分が何を話すかより、相手が何を話したいのか。
面白いことを言うより、相手の話をもう一つ聞く。
会話の中心を、自分から相手に移す。
コミュニケーションが得意な人なら、子供のころから自然にできていることなのかもしれない。
僕は、それを20代になって初めて知った。
教えてくれたのは、先生でも上司でも友達でもない。
顔も名前も知らない、出会い系で知り合った女性だった。
その人とは、たぶん会っていない。
名前も覚えていない。
でも、あの一言だけは今でも覚えている。
人生で大事なことを教えてくれた人の名前を、
僕は知らない。


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