離婚してからずいぶん経って、ネットである言葉を知った。
「孫取り離婚」
法律用語ではない。
妻が実家に強く依存し、出産や里帰りをきっかけに別居。そのまま離婚して、子供も妻の実家で暮らす。
そんなケースを指す俗称らしい。
読んでいて、
「あれ?」
と思った。
僕の離婚と、妙に似ていた。
妻は出産後、子供を連れて実家へ帰った。
僕は普通の里帰りだと思っていた。
でも、帰ってこなかった。
ある日、確定申告の準備をしていて、マンションの権利書がないことに気づいた。
妻に電話した。
そのあと、妻から電話がかかってきた。
「離婚したい」
後から分かったが、権利書は妻が実家へ持って帰っていた。
だから今でも思う。
里帰りした時点で、もう離婚するつもりだったのかな。
本当のところは分からない。
妻の母親とも、うまくいっていなかった。
以前、妻が寝たあとに僕をかなり強く責められたことがあり、それ以来、僕も義母を避けるようになっていた。
そしてある日、ドアの向こうから聞こえた。
「あんな男、やめなさい」
これは今でも覚えている。
離婚を告げられた翌日、僕は一人で妻の実家へ行った。
妻と話せば、なんとかなると思っていた。
でも、玄関には妻の父親と兄も出てきた。
そのとき初めて、
「これは妻と僕だけの話じゃないのかもしれない」
と思った。
結局、妻と話しても結論は変わらなかった。
僕は一人で帰った。
今でも、ときどき考える。
あの日、子供も一緒に連れて帰っていたら、その後はどうなっていただろう。
もちろん、そんなことを勧めているわけではない。
今の僕なら、一人で実家へ飛んでいく前に弁護士へ相談する。
当時は、そんな知識もなかった。
ただ、僕も自分を完全な被害者だとは思っていない。
仕事は忙しかった。
飲みにも行った。
妊娠や出産で大変な妻に、十分寄り添っていたかと言われれば自信はない。
義母とも完全に関係をこじらせていた。
妻には妻なりに、
「もうこの人とは暮らせない」
と思う理由があったのだろう。
だから、
「義母に孫を奪われた」
と断定するつもりはない。
それでも、
妻の里帰り。
持ち出されていた権利書。
「あんな男、やめなさい」という義母の言葉。
そして、そのまま妻と子供が実家で暮らすことになったこと。
何年も経って「孫取り離婚」という言葉を知ったとき、
「僕の離婚も、これだったのかな」
と思った。
本当にそうだったのかは、今でも分からない。
たぶん、一生分からないと思う。
結局、僕は離婚には同意した。
でも、
離婚することと、お金の話は別だった。
そこで何人かの弁護士に相談し、離婚案件に詳しそうな女性弁護士にお願いした。
そこから約2年間の離婚調停が始まった。
弁護士費用は、たしか90万円くらい。
高かった。
でも、頼んでよかったと思っている。
離婚の財産分与は、僕が想像していたよりずっと面倒だった。
「この机、どうする?」
そんな話にすら、何か月もかかる。
その話は、また次に書こうと思う。


コメント