前回、里帰り出産中の妻から突然「離婚したい」と言われた話を書いた。
その離婚を振り返ると、どうしても外せない人がいる。
妻の母親だ。
別に最初から嫌いだったわけではない。
むしろ、よくしゃべる人だった。
頭の回転も速いし、口も達者だった。
健康食品の販売をしていて、かなり成績もよかったらしい。
海外にもよく行っていた。
人に何かを説明したり、納得させたりすることに関しては、僕よりはるかに上手だったと思う。
でも、結婚生活が進むにつれて、その「強さ」がだんだん怖くなっていった。
出産前から、義母が家にいた
妻の出産が近づくと、義母が僕らの家に長く泊まるようになった。
僕は仕事が忙しかった。
今だから正直に書くけれど、飲みにも行っていた。
義母から見れば、
「妊娠中の娘がいるのに、夫は何をしているんだ」
と思っていたのかもしれない。
そこは僕にも悪いところがあった。
ただ、一緒に暮らしているうちに、僕はだんだん自分の家なのに落ち着かなくなっていった。
ある晩のことを、今でもよく覚えている。
妻が寝たあと、僕は義母にかなり強い口調で責められた。
その中の一つが、
「どうして妊婦のために個室を用意しないの」
という話だった。
何をどこまで言われたか、細かいところまではもう覚えていない。
ただ、長い時間責められていた感覚だけは残っている。
最初は腹が立った。
でも、そのうち怒りより別の感情のほうが強くなった。
怖かった。
自分の家なのに、義母を避けるようになった
それ以来、僕は義母を避けるようになった。
目を合わせなくなった。
ほとんど無視に近かったと思う。
大人として正しい対応だったとは思わない。
言いたいことがあるなら、ちゃんと話せばよかった。
でも当時の僕には、それができなかった。
自分の家に帰ってきて、義母がいる。
目を合わせない。
なるべく話さない。
仕事に行く。
飲みに行く。
今振り返ると、完全に悪循環だったと思う。
僕が避ければ、向こうから見れば、
「娘の夫は感じが悪い」
となる。
そう思われれば、僕はますます居心地が悪くなる。
そして、さらに家にいなくなる。
たぶん、そんなことを繰り返していた。
ドアの向こうで聞いた言葉
そんなある日。
僕は部屋にいた。
義母は、僕が寝ていると思っていたのかもしれない。
ドアの向こうから、妻と義母が話している声が聞こえてきた。
聞き耳を立てていたわけではない。
でも、自分の名前や自分について話していれば、どうしても耳に入る。
そして義母が妻に言った。
「あんな男、やめなさい」
今でも覚えている。
自分の家で。
自分の妻に。
妻の母親が、自分と別れろと言っている。
僕はドアのこちら側で、それを聞いていた。
そのとき妻が何と答えたのかは、もう覚えていない。
でも義母のその言葉だけは残っている。
夫婦喧嘩に、営業のプロが入ってきた
義母は、人と話すことがうまかった。
健康食品の販売でもかなり成績がよかったようだから、そもそも人を説得することが得意だったのだと思う。
一方、僕は口喧嘩が得意なタイプではない。
まして相手は妻の母親だ。
強く言い返せば妻が傷つく。
黙っていれば、こちらだけがどんどん追い込まれていくように感じる。
結局、僕が選んだのは、
「関わらない」
だった。
今なら、それが一番まずいやり方だったことも分かる。
でも、そのときは分からなかった。
母親同士が一時間やり合った
そして前回書いた、離婚を告げられた日の話につながる。
妻の実家から戻った僕は、自分の実家へ行った。
泣きながら母親に事情を話していた。
いい大人が母親の前で泣いていた。
すると、実家の電話が鳴った。
妻の母親だった。
僕の母親が電話に出た。
そこから二人の口論が始まった。
一時間くらいやっていたと思う。
僕の母親も、しゃべり始めるとなかなか止まらない人だ。
そして向こうは、人に物を売るのがうまいくらい口が達者な人である。
僕は横で聞いていた。
自分の離婚なのに、
母親同士が戦っている。
今思い出すと、ちょっとおかしい。
でも当時は笑えるような状態ではなかった。
あの離婚は、誰の離婚だったんだろう
もちろん、妻の母親だけが悪かったと言うつもりはない。
僕にも問題はあった。
仕事を理由に家を空けることも多かったし、飲みにも行った。
義母を怖がって無視するようになったのも、いい対応ではなかった。
そして何より、離婚を決めたのは妻自身だ。
だから、
「義母のせいで離婚した」
と今さら断定するつもりはない。
ただ、十年以上経った今でも、ときどき思う。
あれは本当に、僕と妻だけの離婚だったんだろうか。
妻が里帰りしたあと、そのまま戻ってこなかった。
僕が実家へ話しに行けば、父親と兄も出てきた。
僕が自分の実家へ戻れば、今度は母親同士が一時間口論した。
気がつけば、
夫と妻の話ではなくなっていた。
後になって僕は、ネットである言葉を知った。
「孫取り離婚」
という言葉だった。
読んだとき、
「あれ?」
と思った。
僕の離婚と、妙に似ているところがあったからだ。
もちろん、本当にそうだったのかは分からない。
その話は、また次に書こうと思う。

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